第1回「為替相場はなぜ動くのか?」
初心者はもちろん、ある程度のFX歴がある人にも「そもそも相場はなぜ動くのか?」を知らない人は多いのではないでしょうか?実はこういった基礎知識が、為替相場で生き残っていくために大切。
トレーダーとして成長していくためにも、まずはこの理由についてしっかりと理解していきましょう。
まずは「自分の素性」を知ろう
編集部:最近、いろいろと物の値段が上がっていますよね。何かの値段が上がるっていうのはつまり「買いたい人が多い」ということなのかなと思います。
ということはFXも「買う人が多ければ上がる」というイメージがありますが、こういう理解で合っているでしょうか?
水上:実はそうではなく、まずそれを理解するためには「マーケットの参加者の違い」を理解する必要があるかと思います。これは大きく3つに分けられるのですが、1つめはいわゆる「実需」というものですね。2つめが「機関投資家」、3つめは「投機筋」という3つです。
では私たちのような個人投資家はこの中のどれなのかというと、3つめの「投機筋」に分類されるわけです。大きなファンドだろうが、個人のFXトレーダーであろうが「相場を張る」人たちはすべて投機筋です。
マーケット参加者の違い
- 実需
- 機関投資家
- 投機筋←個人投資家はココに含まれる
このうち、実需・機関投資家については「買えば上がる」という動きにつながることもありますが、投機筋は「買えば上がる・売れば下がる」という理屈に収まらなくなるんです。
なぜなら投機筋には宿命があって、買ったら、必ず損益確定のために売らなければならない。売ったら、必ず損益確定のために買わなければならない。要するに、取引が必ず対になっているんですね。
ですから、FXを物価のようなものだと考えていると「買えば上がるじゃないか」と思いがちなんですけども、そう思ってしまうのは、自分の素性がどういうものかがわかっていないことが大きいですね。
投機筋は、どんなに小さな存在だとしても、買ったら売らないといけない。そうすると結局は「行って来い(※)」になることが起きるんです。つまり投機筋の取引は、なかなか「一方向に進み続ける」というわけにはいかない側面があるわけです。
※行って来い
相場が一方向に動いても、結局は元の水準まで戻ってくること
編集部:FXトレーダーの取引は「買いでエントリーした瞬間に、潜在的にそのポジションは売りのパワーも秘めている」といった感じでしょうか?
水上:そうですね。いったん買ってしまったら、必ず売らなければならないという義務が生じているわけです。なので、上がりっぱなしにはならないということですね。
編集部:ということは、例えばマーケットがロング(※)に傾いたとしたら、チャートはあまり上がらなくなってくるということでしょうか?
※ロング
その通貨ペアにおける買いポジションのこと。逆に売りポジションのことは「ショート」という
水上:そうですね。買ったら必ず売らなければならない宿命を帯びた人たちが、みんなで寄ってたかって買えば、それだけみんな「売らなければならない」義務も生じているわけです。
それで相場がなかなか上がらないとなったら、一人やめ、二人やめ…と投げる(損切をする)んです。そうすると結局は元の水準まで戻ってきてしまうということが起きるんですね。
編集部:実需と機関投資家は、そういった反対売買をする宿命はないということでしょうか?
水上:純粋な意味での実需は「買いっぱなし・売りっぱなし」です。買いっぱなしというのは、代表的なところでいえば石油会社などがありますね。原油を輸入して、その代金を海外に支払わないといけないので、常にドル買いが起きる。
その逆の売りっぱなしというのは、例えば自動車会社です。自動車会社は常に代金をドルで受け取るので、それを円に換えるためにドル売り円買いの動きをする。これら輸入と輸出のどちらが大きいかというと圧倒的に輸入の方なので、現在は「実需のドル買い」の動きの方が大きくなっていますね。
さらに言えば、近年は従来にはないドル買いもあるんですよ。まず一つは「デジタル赤字」というのがありますね。ネットフリックスとかAmazonとかディズニーとか、そういったところのサブスクを定期購入している人とか。
あるいはGoogleとかAmazonのサーバーをレンタルしている人は、取引している相手がアメリカ企業ですから、代金を払うと円を売ってドルを買う動きになるんですね。
また最近では新NISAなどで、個人が外貨の資産を運用している。とくにつみたてNISAなどは毎月毎月、円売りドル買いが発生する。
編集部:確かに、デジタル赤字やつみたてNISAに関しては私も心当たりがあります。機関投資家の動きというのも実需に近いのでしょうか?
水上:機関投資家とはどういう人たちかというと、生命保険会社などがそうですけど、外貨建ての生命保険が今は飛ぶように売れているんですね。
個人投資家の外貨運用っていうのは満期がくれば戻ってくるものですが、戻ってくるまでに最低でも1年くらいの時間がかかる。その間は戻ってこないということは「実需の買いっぱなし」に非常に近い状態になっているわけです。
そういった個人の運用とデジタル赤字と実需の買いっていうのが相まって、今のところはドル不足のドル買いの方が多い。構造的に、ジワジワ上がっていく相場になっています。
投機筋の相場とはどんなものか
編集部:投機筋の取引は反対売買が必ずセットになっているので、「買ったから上がる」という単純なものではないというのはわかりました。しかしそれは、一時的にであれば「買いによって上がる・売りによって下がる」ということがあり得るということでしょうか。
水上:そうですね。例えばシンガポールやロンドンなどの海外投機筋は「勢いに乗って一時的に売って下げてくる」ということがあります。
彼らの得意としているのは、いわゆる速攻ですよね。一気に攻めることによって、相手に恐怖感を与えて損切りさせる。そして相場が崩れるということが起きるわけです。
編集部:投機筋の損切りによって相場が動くこともあるわけですね。
水上:そうですね。先ほど言ったとおり、投機筋には「買った以上は必ず売らなければならない」という宿命があって、それは個人の投資家も同じです。ですから、日本人投資家の買いポジションを狙って海外が攻めるように売り込んでくると、日本人投資家は怖くなってしまうんですよ。
そして怖くなって、一人やめ二人やめ…となっていくうちに、雪崩現象を起こして投げていくので下げ幅が大きくなっていくんです。それで相場が崩れるというのはよくあります。
値動き的にいうと、ゆっくり下がっていく場合と急落する場合の二つあるんですが、ある意味でどちらも自滅的な下げ方です。例えば何か相場が上がるようなニュースがあって「これはドル買いだ」と思ったとしますよね。
みんながそれを確信して買ってしまうと、マーケット全体がロングになってしまうんです。みんなが買ってポジションがロングに傾いてしまうと上がる力がなくなってしまって、思うように上がらなくなると「一人やめ、二人やめ」していくわけですよ。
それが「ジリ安」という状況です。ジリジリと下がっていく相場になるんですね。こうなると、チャート上では非常にきれいに右肩下がりになっていく。そのチャートを見ると、今はマーケットがロングに傾いているというのが一目瞭然でわかるんですね。
一方で今度は下げを確信するとどうなるかというと、例えば11月19日にプーチンの核のドクトリンを見直すという話が出ましたが、このニュースによって相場は急落しました。
その結果、みんなが「ドルは下げだ」と確信して売り過ぎてしまったんですね。その後、ゴツゴツしたチャートではありますが買戻しが出ているんですね。
こういったところを見れば、今のマーケットがどちらに傾いているかがわかります。
つまりマーケットの大勢が一方向に傾いてしまうと、相場というのはその偏りとは逆にしか行かなくなってしまうんですね。
編集部:なるほど。ということは、利益を出すためには、大勢の思惑とは逆である必要があるということでしょうか?
水上:そうですね。相場の格言の中にも「人の行く 裏に道あり 花の山」というものがあります。大勢の意見の反対を行った方がうまくいきやすいというのは相場の摂理ですね。
編集部:それは決して「逆張りをしろ」ということではないですよね。チャートの値動きの逆をいくという意味ではなくて「マーケットのポジションの偏り」を推測して、その逆を狙っていく必要があるということですね。
水上:そうですね。
編集部:相場が急落・急騰する動きについても教えていただけますか?
水上:ここのチャートがわかりやすいと思うのですが、ジリジリ下げたあとにストンと落ちていますよね。
これが何で起きているのかというと、下がれば下がるほど、値ごろ感から買ってくる人も増えるわけです。
そうやってマーケットがどんどんロングになっていくと、結局上がらないのがはっきりしてきて、何かのニュースが出たりするとロングの投げがドスンと出る。それで急落というのが起きるわけです。
急騰の場合は逆に、下げに確信を持ってマーケットがショートに偏ったところで一気に投げが出るという形ですね。
編集部:みんなが含み損を抱えてガマンしてたものの、耐えきれなくなって一斉に損切りをすると急落・急騰が起きるというわけですね。
今年7月の大幅下落は何が起きていたのか
編集部:実需のドル買いやデジタル赤字によって、構造的に円安になりやすい傾向があるというお話がありましたが、今年の7月にはドル円が22円も円高方向に下落しています。この原因というのは何だったのでしょうか?
水上:一つは政府・日銀が介入したっていうのが大きいですよね。9兆8000億くらいはぶち込んできましたから。それもアメリカのCPIが発表された30分後に介入してくるという、一国の財務省がやるようなことではないことをやってきた。
そして、個人も買い下がってしまったんです。そこでロングになったところにCTA(※)が夏休み前のポジションの手仕舞いで売り込んできた。シンガポールなどの海外投機筋も乗っかって売って、さらに落ちたところで本邦勢が買い下がってしまって…ということで22円も落ちてしまいました。
※CTA
「Commodity Trading Advisor」の略で、ヘッジファンドの一種。顧客から預かった金融資産を運用している
編集部:「買い下がり」というものについて詳しく教えてください。
水上:日本の個人投資家は習性として「買い下がり」というのをしがちです。これをやっちゃうと結局最後は苦しくなって投げることになるので、そうなると下げ幅が大きくなるというのがあるんですね。
5月~6月のドル円相場はほとんど一本調子で上がってしまったので、その波に乗れなかった人たちもたくさんいたと思います。そのため、相場が下がってきたら買いたくなるという気持ちはわからないでもないんですが、「下がってきたから」という理由で買うのは絶対にダメなんです。これをやると逆張りになってしまって、さらに下げるエネルギーを溜めてしまう。
編集部:なるほど。まさに今回のテーマにつながる話ですね。投機筋の取引は買ったら必ず売らなければならないから、買った時点で潜在的に下げの力も秘めている。そこを海外投機筋に狙われると、雪崩現象が起きて下げが止まらない…というわけですね。
水上:この3年くらいを振り返ると、本邦勢の買い下がりが相場をすごく下げてしまったということがよくあるんです。相場が下がってくると、待ってましたとばかりに買ってしまうんですね。
この買い下がりによって傷口を広げてしまい、今年の7月には20円以上もの下げになってしまったのだと思います。
編集部:あの下落で多くの日本人投資家が大きな損失を出したと思うと、非常に残念ですね…。
水上:そこが致命的に本邦勢の弱いところです。この逆張り癖を直すだけでも、トレードの成績はずいぶん違ってくると思います。
編集部:逆張り癖を直すためには、まずは「自分も投機筋の一人である」と把握することが第一歩になるかもしれませんね。投機筋には「必ず反対売買をしなければならない」という宿命があるため、マーケットが一方に傾いてしまうとその方向には動きづらくなり、海外投機筋に損切りを狙われることもある…。
やはり、相場を生き抜いていくためには「そもそもどうして相場は動くんだろう?」といった素朴な疑問について知ることも大切ですね。
本日は解説していただきありがとうございました!引き続き、次回もぜひ宜しくお願いいたします!
今回のまとめ
- 個人トレーダーも「投機筋」の一人
- 投機筋の取引は必ず反対売買がセット
- 相場のポジションが偏るとその方向には動きづらくなる
この記事の執筆者
エフプロ編集長
齋藤直人
SAITO NAOTO
略歴
紙媒体で約20年の編集経験を積み、趣味系雑誌4誌の編集長を歴任。雑誌の特集記事だけでなく、企業とのタイアップ企画、地域活性化事業への参画など、コンテンツ制作力を活かして幅広いフィールドで活躍。国会議員、企業の重役、スポーツ選手、芸能人などジャンルを問わず幅広いインタビュー経験を持つ。現在は株式会社キュービックのエディターとして、エフプロを中心に記事クオリティ向上に尽力中。