トレーダーは「市場介入」にどう臨めばいいのか
2022年に「24年ぶりの円買い介入」が行われて以来、円相場においてたびたび政府・日銀による市場介入が行われています。
現在の円相場の水準(2025年2月下旬時点)では、「また介入があるのでは?」といった予想は目立っていませんが、仮にまた円安が進行したりすると、そんな噂も再燃することでしょう。
つまり、現在の相場で生き残っていくためには「市場介入に関する知識」も必要です。
はたしてこの巨大なインパクトに対して、トレーダーはどう臨めばいいのか…。今回はそんなテーマでお届けします。
日本の介入は「政府が中央銀行を動かす」仕組み
編集部:為替相場を動かす要素はいろいろありますよね。過去の連載では海外投機筋の存在や実需のフローなどについて解説していただきましたが、「介入」というのもその一つかと思います。
今回は介入についての基礎知識をぜひお聞きしたいと思います。

水上:そもそも介入がなぜ行われるのかについては「急激な為替変動を鎮めるため」ですね。「急激」というのは目安としてどの程度かというと、たとえば1日に2~3円も動いたりすると「介入をした方がいいのではないか」という話が出たりします。
では誰がやるのかという話ですが、新聞などでは「政府・日銀」という書き方をしています。なぜそういう書き方をしているのかというと、介入権限と持つところと実行するところが分かれているからです。
介入権限を持つ、つまり「やるかどうか」を決めるのは財務省です。財務省が日銀に「介入してください」と指示を与える仕組みなので、介入するかを決めるのはあくまでも財務省なんですね。実はこういった構図は世界的に見ると珍しいんですよ。

たとえばイギリスの中央銀行はBOE(バンク・オブ・イングランド)ですが、ここはもうBOEが介入権限を持っていて、自分の判断で介入できます。またアメリカの場合は、介入権限を持っているのはニューヨーク連銀です。他の地区連銀もたくさんあるんですが、そういったところには権限がなく、ニューヨーク連銀だけが持っています。
いずれにせよ日本のように「政府が指図をして中央銀行を動かす」というのは非常に珍しいケースです。
編集部:なるほど。相場が急変したりすると財務省がコメントを出しますが、あれは介入権限を持っている立場としてのコメントというわけですね…。

介入に至るまでの段階と、介入のやり方について
編集部:ひとくちに「介入」といっても、「口先介入」や「実弾介入」などいろいろな種類がありますよね。どんな種類があるのか教えていただけますか?

水上:まず、実際に介入を行う前にも段階があります。最初は「レートチェック」というのがあり、これは日銀が銀行に電話をして「今いくらですか」と聞くというものです。
そんなのはレート画面を見ていればわかる話なのですが、それをあえてやることで「相場を見ているぞ」という意思表示をするわけですね。
それでも相場の変動が続くようだと、財務大臣や財務官がコメントを出します。「急激な変動に対しては対応する」といった、判で押したような言葉で口先介入を行います。
なぜ判を押したようなコメントしかしないのかというと、言質を取られたくないからですね。余計なことを言うと、その発言内容が逆に為替変動を引き起こしかねないので、非常に決まりきった言葉を繰り返すだけです。
それでも相場が動くようだと、そこで初めて実弾介入というものが起きるわけですね。

実弾介入に至るまでの段階
- レートチェック:日銀がレートの確認をする
- 口先介入:財務大臣・財務官などがコメントを出す
- 実弾介入:実際にマーケットで売り買いをする
編集部:介入に関する「段階」としては、大きく分けてその3つということですね。では、実弾介入する際の「やり方」についても教えてください。やり方にもいろいろな種類がありますよね?

水上:まず日本特有の不思議なものとしては「覆面介入」というやり方があります。「ステルス介入」とも言いますが、いつやったのか、やったのかどうかもわからないように介入するというやり方ですね。
編集部:覆面介入のようなやり方をするのは日本だけなのでしょうか?

水上:日本だけだと思います。介入というのは「やってるぞ」というのがマーケットに伝わって初めて相場が鎮まる効果があると思うのですが…。やってるかやってないのかわからない状態にするというのは、何を考えているのかよくわからないですね。
ただ、覆面介入なのでわからないとは言っても、結局バレます。月末に財務省自身が「外国為替平衡操作の実施状況」というレポートを出しており、何日にどれくらい取引を行ったかを公表するんですね。
ですから、たとえば月初めに介入をしたとしたら約1カ月は公表されない状態になりますが、いずれにせよバレるんですよね。
編集部:そういう背景を知ると、確かに「隠すこと」にどういう意味があるのかわからないですね…。その他の介入のやり方にはどういうものがあるのでしょうか。

水上:最近見なくなったものとしては「委託介入」というのがあります。
東京時間は、言ってみれば「日銀のシマ」なので介入することにハードルはないのですが、ロンドン時間は「ロンドンのシマ」になります。そのため、たとえば日銀がロンドン時間に介入をしようとしたら、BOE(バンク・オブ・イングランド)に委託して介入していました。それが「委託介入」です。
編集部:ほぼ24時間マーケットが動いているFXならではの介入方法ですね。

水上:しかし、今までは東京時間以外は委託するのが普通だったんですが、2022年からはそれも無視して直接介入している感じがあるんですね。
たとえば2024年7月の介入です。アメリカの消費者物価指数の発表が日本時間の21時30分にあったのですが、このときは予想よりも低い結果だったのでドル売りになったんです。その30分後に財務省がドル売りの介入をやりました。

↑2024年7月11日のチャート。21時30分以降に4円以上の下落
このやり方はちょっと、一国の財務省がやるべきマナーではないというか…フェアじゃない感じがしますね。そこまで追い詰められているとも言えるのかもしれませんが…最近ではそういう介入をするようになっています。
海外投機筋が出てくる時間帯というのは当然ながら海外時間なので、ロンドンタイムやニューヨークタイムにやることにしたのかもしれません。
その他の介入方法としては、「協調介入」というのもあります。これはG7各国の中央銀行が協調してやるという介入で、最近あったのは2011年の東日本大震災のときですね。
東日本大震災のときにアメリカの投資会社のCEOが「こんな甚大な被害が出てしまったら、日本の損害保険会社は多額の保険金を支払う必要がある。外国の資産を円に変えるから円買いが強烈になるだろう」といった内容のコメントを出したんです。マーケットはそれを真に受けてめちゃくちゃにドル円を売ったんですよ。
そのとき財務省ではどうにもこうにもならなくなり、G7の協調介入があって命拾いをしたというのが最近の例です。そのときは介入してくれて本当に良かったという感じですね。
編集部:介入のやり方にもいろいろあるんですね…

水上:あともう一つ、通貨当局がやる以外のものとして「なんちゃって介入」というのもあります。これは決してふざけて言っているわけではなくて、あたかも通貨当局が介入したかのようなフリをして相場を動かし、利ザヤを稼ごうとする連中もいるんですよ。
それがけっこう効果的で、あっという間に1円落ちてしまったりすることもあります。そういう意味では、なんちゃって介入というのも無視はできない。今後ドル高円安が進むようだと、またなんちゃって介入が出る可能性は高いですね。特にロンドンタイムに出る可能性が高いと思います。
編集部:それは連載第2回のときに解説していただいた、ロンドン勢のやり口(ロンドン・ホラー劇場)の一種かもしれませんね。世間で「介入があるかも」と騒がれるようになったら、警戒が必要ですね。

介入のいろいろな種類
- 覆面介入
- 委託介入
- 協調介入
- その他(なんちゃって介入)
はたして介入の効果はあるのか?
編集部:2022年以降、政府・日銀は円安を食い止めるために何度も介入を行ってきました。一時的に円高に振れたこともありましたが、結局のところ元の水準まで戻り、その後はまた円安が進行する傾向があります。
こうなると「介入に効果はあるのか」が疑わしくなってきますが、これについてはどうお考えですか?

水上:今の日本は、介入の効果があるのかどうかが一番問われるときだと思っています。
ドル高円安というのはここ3年くらい続いていて、その間に巨額な介入もありましたが円安は止まっていません。海外ではずっと「日米金利差が縮小するから円高だ」という主張も続けていますけど、そんなことに構わずドル高円安は続いているんですね。
それはなぜかというと、外国人が見ていないところに原因があるからです。日本には「ドル不足のドル買い」という大きな構造問題があるんですね。
編集部:ドル不足のドル買い」については、連載第1回でも解説していただいていますね。
新NISAで外貨の運用をしたり、ネットフリックスやAmazonなどのサブスクを利用している人たちは非常に多いと思います。しかもそれらは日本人の生活の中にすっかり浸透してしまっているから、この流れを変えるというのは非常に難しいでしょうね…。


水上:日本の財務省はそれを表には出さず、なぜか「投機筋が仕掛けている」のが円安の理由だと言っていますが、今の海外投機筋はほとんどドル売りしかやってないんですよ。
彼らは3年前の介入のときにドルを買っていて痛い目に遭ったというのもあり、シンガポール・ロンドン・ニューヨークは基本的にはドル売りしかやらなくなっている。財務省は投機筋が原因だと言っていますが、円安の実態に目を向けずになぜ投機筋が原因だと言い続けているのかが疑問です。
ですから「介入に効果があるのか?」という質問に戻ると、根本的な解決にはならないと思います。確かに介入というのは円安の進行を遅らせることはできると思いますが、元を断っていない以上、円安を解消することはできません。
編集部:たしかにそうですね。短期的には効果はあるかもしれませんが、長期的な相場を考える際は「日本にはドル不足のドル買いというフローがある」ことを意識しておきたいですね。

トレーダーは介入にどう臨めばいいのか?
編集部:もしかしたら今後また、世間で「そろそろ介入があるのでは?」と騒がれることがあるかもしれません。トレーダーは介入に対してどう臨めばいいでしょうか。


水上:ドル売りの介入がウワサされ始めると、介入を期待してショートを持ってしまうというのがありがちだと思うんですが、そういうのはやはり避けた方がいいですよね。
あまりにも介入を意識しすぎたときに何が起きるのかというと、「ドル売りの介入に乗って下げたところを利食おう」と考えて、売りから入る人が非常に増えてしまうんですね。
典型的な例は2024年の5月の相場がそうだったのですが、介入期待がものすごく強くなってしまって、個人投資家もずいぶん売ってしまったんです。そうしたら介入自体がなく損切り大会になって、ものすごく吹き上がったところで初めて介入が出ました。そこで個人投資家の多くがやられてしまいました。
そうなると個人投資家というのは当局に全然相手にしてもらえないんだなという状況が起きていますね。
編集部:日本人投資家に損失が出ようが出まいが、当局はいっさい関係ないという感じですね…。
ということはもう、自分のことは自分で守るしかないですね。介入がウワサされているときには何を考えればいいでしょうか?

水上:そのときのマーケット自体が「どういうセンチメントなのか」というのが重要です。マーケットが介入をナメている状態だと効くんですよ。「どうせ介入しても効かない」とドル買いをしていたりすると、ドル売り介入は効きます。
それが逆に「介入があるぞ、あるぞ」と騒いでみんなが期待して売っている状態だと、ドル売り介入をしても効かないですね。逆に介入がなければ上に跳ねてしまいます。ですからマーケットのセンチメントを読むというのが非常に大切になってきますね。
では「センチメントを読む」というのはどうやってやればいいのかというと、これはそう簡単なものではないですよね。数値が出ているわけではないですから。
ただあえて言えば、FX会社の提供している注文状況などを見て、ポジションがどうなっているかを見るのが一番わかりやすいのかなと思います。

↑ヒロセ通商の「注文情報」
一方向に大きく傾いているときはイエローカードですから、その方向に乗っかるというのは怖いですね。そういう意味では、今のFX会社が出している注文情報とかポジション情報というのは有用だと思います。
編集部:いずれにしても、介入がウワサされているようなマーケットで初心者が積極的にトレードをしていくこと自体があまり良くないのかもしれませんね。
介入自体そう頻繁にあることではないですし、「様子見をする」という選択肢も頭に入れつつマーケットに臨みたいと思います。今回もありがとうございました!

今回のまとめ
- 介入の段階は「レートチェック・口先介入・実弾介入」
- 最近は海外時間でもお構いなしに直接介入する可能性あり
- 介入をナメたり、「介入期待」でポジションを持つことに注意
この記事の執筆者

エフプロ編集長
齋藤直人
SAITO NAOTO
略歴
紙媒体で約20年の編集経験を積み、趣味系雑誌4誌の編集長を歴任。雑誌の特集記事だけでなく、企業とのタイアップ企画、地域活性化事業への参画など、コンテンツ制作力を活かして幅広いフィールドで活躍。国会議員、企業の重役、スポーツ選手、芸能人などジャンルを問わず幅広いインタビュー経験を持つ。現在は株式会社キュービックのエディターとして、エフプロを中心に記事クオリティ向上に尽力中。