バイデン政権誕生へ
米大統領選挙は紆余曲折の末、民主党候補のバイデン前副大統領が次期米大統領に就任する見通しとなった。
現職の共和党候補であるトランプ大統領は、依然として敗北宣言を行っていないものの、バイデン次期政権への移行プロセス開始を一般調達局(GSA)のマーフィー長官に許可したとようやく表明するなど、実質的に敗北を認める動きを見せている。
バイデン氏は「円滑で平和的な移行プロセスの開始に向け、GSAから許可を受けたことを喜ばしく思っている。
これを受け、新型コロナウイルス感染拡大や安全保障問題への対応の準備を進めていく」と対応。これにより、円滑ではないにしても、徐々に政権移行の実務が進められていることになろう。
バイデン政権の政策と経済・為替市場の影響を見ていく前に、バイデン政権の基本的な考え方や方針を確認しておきたい。
バイデン氏は23日、政権の外交・安全保障チームを発表した。オバマ前政権で高官を務めた人材を多用し、手堅さとともに多様性を重視した陣容になっている。トランプ大統領の「米国第一」路線から「国際協調」路線へ回帰する姿勢を鮮明にしている点は、経済には好都合であろう。
バイデン氏は陣容発表に合わせ、ツイッターに「どの国も単独で立ち向かうことのできない難題に挑むため、彼らは世界を再結集させる」と投稿。新型コロナウイルスへの対応や気候変動対策などを見据え、単独主義の目立ったトランプ政権から大きく方針を転換する姿勢を鮮明にした。
国務長官候補に指名するアントニー・ブリンケン氏はオバマ政権で国務副長官を、大統領補佐官(国家安保担当)に起用するジェイク・サリバン氏はバイデン副大統領(当時)の国家安保担当補佐官をそれぞれ務めた。
大統領首席補佐官となるロン・クレイン氏を含め、バイデン氏にとって気心の知れたチームと言える。
新設の気候問題担当大統領特使には、04年の大統領選で民主党候補だったジョン・ケリー元国務長官を起用。
バイデン氏は、トランプ政権が脱退した地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」復帰を公約しており、国務長官として協定取りまとめに尽力したケリー氏の特使起用でその決意を内外に明示した。
新政権を「米国を象徴するようなものにしたい」と話すバイデン氏の意向を反映し、国家情報長官に女性初となるアブリル・ヘインズ元中央情報局(CIA)副長官、国連大使に黒人女性のリンダ・トーマスグリーンフィールド前国務次官補(アフリカ担当)を指名。米メディアが財務長官指名を報じたジャネット・イエレン前FRB議長を含め、重要ポストへの女性登用も進んでいる。
移民対策を担当する国土安保長官には、キューバ生まれで幼少時に家族と共に米国へ亡命したアレハンドロ・マヨルカス元国土安保副長官を指名する。
外国生まれの国土安保長官も初で、次期政権の多様性を象徴する人事となる。
トランプ政権は発足時、共和党主流派から十分な協力を得られず、経済界や軍の人材に頼らざるを得なかった。
各分野にオバマ政権高官を起用する次期政権の陣容は、新味に欠ける一方、内外に安心感をもたらす効果もある。
バイデン氏は「米国が再び世界をリードする用意があることを示す陣容だ。
世界から身を引かず、再びテーブルの中心に座り、敵に立ち向かい、同盟国を拒絶せず、われわれの価値観のために立ち上がる準備がある」とした。
その上で、アジア太平洋地域における同盟を強化するとしたほか、不要な軍事衝突に関与することなく敵対勢力を封じ込め、米国の安全を守ることも確約した。
バイデン政権の外交政策は、主要同盟国との関係改善を目的とした多国間的なアプローチを主眼に置いたものになるとみられている。
もちろん、経済面でも同様のスタンスになるだろう。
対中政策についてはトランプ政権よりも緩和的なものになるだろうが、対話の中で交渉を続け、米国が不利益をできるだけ被らないスタンスを取るはずだ。
しかし、その程度では、中国の強靭な成長力を止めることはできないだろう。
結果的にバイデン政権は、中国中心の世界経済の枠組みの構築の加速を促すだけにとどまる「弱い政権」になる可能性が高いと考えられる。
バイデン政権の政策とワクチンの進捗動向
トランプ政権下で棚上げになっている追加経済対策も、少なくとも、来年1月20日の大統領就任式までは進まない可能性が高い。
トランプ政権はすでにレームダック化しているが、今後は政権移行を前に、ますます嫌がらせ的な行為がエスカレートする。
その一つが、ムニューシン財務長官の通告である。
ムニューシン氏は、新型コロナウイルス危機を受けた緊急融資制度の一部について、12月末の終了をFRBに通告した。
一部の措置は90日間延長するものの、FRBは「すべての制度の存続が必要」との異例の声明を発表。景気対策をめぐる財政と金融当局の溝が浮き彫りになっている。
ムニューシン氏は、中小企業やレストラン、旅行といった分野は引き続き支援が必要としつつ、FRBの緊急融資利用は限られていると反論。
使い残しの予算を議会が決める追加コロナ経済対策として、中小企業支援に再活用すべきと主張している。
またムニューシン氏は、パウエル議長と今回の制度終了について協議を重ねたとし、判断は「政治的な問題ではない」と明言。
バイデン次期政権への移行を「妨害していない」とし、駆け込み的に政策を決めているとの見方を否定した。
またムニューシン氏は、「新型コロナウイルス禍で中小企業が必要としているのは融資ではなく返済義務のない補助金だ」とし、コロナ向け緊急支援プログラムの一部打ち切りに理解を求めた。
ムニューシン氏は米大統領選で勝利を確実にした民主党のバイデン候補との協力について、「物事が確定した時点」で次期政権と緊密に協力するとしているが、明らかな嫌がらせあろう。
一方、共和党上院トップのマコネル上院院内総務は、ムニューシン氏の決定に支持を表明。
「議会はこの資金を緊急かつ重要で、的を絞った救済措置に再活用すべきだ」とし、他の共和上院議員も賛成するよう求めた。
また、財務省高官は、緊急支援プログラムを一部打ち切ったとしても、6000億ドル近い資金は残るため、次期財務長官の妨げにならないという見方を示している。
新政権になれば、これらもすべて見直される可能性もあるが、問題は上院で共和党が過半数を取る可能性が残っていることである。そうなると、いわゆる「ねじれ議会」となり、バイデン政権の思うような政権運営ができない可能性がある。この点は大いに気がかりである。
もっとも、市場の関心は、新型コロナウイルスに対するワクチン開発の進捗に向かっているようである。
ここでは詳しく解説することはしないが、ワクチンが一般の手に渡るところまで進めば、経済活動の回復や経済の復活への道筋が見えてくる。リセッションもわずかな期間で終了し、米経済は思いのほか早く立ち直る可能性がある。
ちなみに、米国のリセッションの期間は平均11カ月間である。第1四半期と第2四半期がリセッションの期間だったとした場合、7月以降はすでに立ち直っていることになる。
そうなると、経済活動はワクチンの配布とともに劇的に復活する可能性もある。そうなると、これまでの経済対策やFRBによる資産買い入れは不要となり、米金利が上昇する可能性がある。
FRBの政策
ワクチン開発の進捗への期待もあり、米国株は回復基調をたどっている。
ダウ平均株価は24日の市場で3万ドルの節目を突破。米金利の上昇もみられ始めている。この点は、永続的な低金利状態の維持を期待していた市場から見れば、意外感があるだろう。
パウエルFRB議長は、2023年までの実質的な緩和政策の継続をコミットしているが、景気が過熱し、株価がバブル化しても、FRBはそれを放置できるだろうか。
景気が戻ってくれば、今の低インフレ状態にも変化が見られ、名目金利とインフレ率の両方が上昇することも想定される。
経済活動が回復すれば、国際間の人の往来も復活し、ジェット燃料需要が回復することで原油価格が上昇。これがインフレ率の上昇につながる可能性もある。
名目金利の上昇ピッチ以上にインフレ率の上昇が早ければ、米実質金利が低下し、ドルが上昇しない可能性もある。この点は、米10年債利回りと米消費者物価指数の動きを丹念に見ていけば、ある程度の方向性が見えるはずである。
今の極端な緩和策が縮小に向かえば、為替相場の水準が金利で決まるという、教科書的な値動きに回帰する可能性は十分にあるだろう。
FRBが25日に公表した11月4─5日のFOMC議事要旨では、FRBが資産購入について、期間や年限などを含む新たなガイダンスを近く示す可能性があることが判明した。FRBは「市場と経済への支援を強化すべき」というスタンスである。
また、資産購入が経済を支えており、新型コロナウイルスのパンデミックによる先行き不透明感から生じ得るリスクに対する「保険」になっているとの見解で一致した。一方、FRBは政策金利を引き上げ始める前に資産購入を終えることを示唆している。
今年初めにゼロ付近に引き下げた金利は、少なくとも23年までこの水準に維持される見通しだが、大半の参加者がフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を引き上げる前に、資産購入の伸びを減らし、そして停止することを示唆する内容であるべきだとしている。
パウエルFRB議長はこの会合後の記者会見で、資産購入を調整する選択肢を協議したと説明。
現在の月額1200億ドルの購入ペースが適切な経済支援を提供しているとの結論に至ったとしている。しかし、最近の新型コロナ感染の急増に加え、ムニューシン氏が緊急融資プログラムの一部について、期限を延長せずに資金の未使用分を財務省に返却するよう要請しており、FRBは当初予想よりも早く行動を取る必要が出てくる可能性がある。そのため、12月15─16日のFOMCでは資産購入の今後の計画について詳細を明らかにする圧力がFRBにかかる可能性がある。
新型コロナ感染の再拡大を受け一部の投資家はすでに、FRBが景気支援を強化するために資産購入を拡大するか、債券の年限を調整するとみているようである。
民主党政権はドル高か
市場では、バイデン政権になった場合でも、財政出動の余地が大きいことや、実際に巨額の経済支援策を講じるとの観測から、ドルは下落していくとみている向きが多いように感じられる。
また、巨額の財政赤字から、長期的なドル安基調が継続するとの見方が半ば常識のように語られている。しかし、この点には少し注意が必要と考えている。ワクチン開発のおかげでコロナ危機から立ち直った場合、過度な経済対策や金融緩和策は不要となる。
もっとも、これらの政策はいつでも打ち出せるとの安心感が市場にあれば、景気は維持され、株価も上昇基調を続け、結果的に金利も上向いてドルは買われやすくなろう。
このような状況では、財政政策は限定的となり、今のような野放図な財政出動は修正され、結果として財政赤字の拡大に歯止めがかかる可能性がある。
さらに、景気の回復で企業業績が改善し、政府の税収が増えることも想定される。
そこで参考にしておきたいのが、過去の民主党政権下での財政赤字とドルの関係である。
直近のクリントン政権とオバマ政権下では、景気の回復・拡大が顕著となり、財政赤字の対GDP比が改善し、ドル高基調が鮮明になっている。民主党政権下でそのような景気サイクルに遭遇し、ドルが買われやすくなった面もある。また、民主党政権下では共和党政権時よりも米国株の上昇率が高いという過去データもある。政権の1年目から2年目は、株価が上がりづらい傾向もあり、当面は株価の上昇が限られ、ドルの上値も抑制される可能性は残る。
しかし、その後の景気回復基調が鮮明になることで、財政は改善し、単年度で黒字化となる可能性もあり得る。そうなれば、ドルは上昇し、対主要通貨で堅調に推移することも十分に考えられる。
これらの状況を考慮したうえで、ドル円の方向性を模索すると、下値はある程度限られる可能性がある。
円高リスクを懸念する声も少なくないが、日本サイドは日銀が現在の金融緩和策を停止する可能性はきわめて低そうである。黒田日銀総裁もこの点を言明しており、金融政策面で円高が進むような材料は出づらい。もっとも、日本の消費者物価指数が前年比でマイナスをたどっていることは、デフレリスクとして意識される可能性がある。
名目金利が抑制される中、菅政権によるGoToキャンペーンや携帯電話料金の引き下げ圧力もあり、これらのデフレ政策が結果として円高を招きやすくなるリスクがある。日本の実質金利が上昇し、円が対ドルで相対的に上昇しやすい地合いにあることには留意しておく必要がある。
日本の実質金利以上にドル金利が上昇すれば、相対的な関係からドル円は下落しづらくなる可能性はある。その意味では、ドル円の方向性は米国の政策次第になりそうである。
FRBのパウエル議長は当面は現職に留まる一方、財務長官にはイエレン前FRB議長の名前が挙がっている。
FRB議長と財務長官では行う仕事の中身と質が全く違うだろうが、FRBの業務を熟知するイエレン氏が財務長官に就けば、財政政策と金融政策の相乗効果が期待できるだろう。その結果、米経済が安定する可能性は十分にある。
イエレン氏は経験豊富なエコノミストかつ労働市場の専門家で、超党派の支持による承認が期待できる安全な選択とみられている。
同氏が指名されるとの報道が伝わると、リスク資産が上昇しドルや長期債といった安全資産は下落、イールドカーブはスティープ化して強気シグナルが広がった経緯がある。
イエレン氏は新型コロナウイルス感染拡大で打撃を受けた経済の再生に向けて政府支出を主張しており、議会に追加経済対策の承認を促すとみられている。
イエレン氏は赤字に関してハト派であり、FRB議長時代には、財務省はFRBとより協力し、財政支援で自らの役割を果たす必要があるとしていた。ただ、議会と協力する必要があるのは確かではあるが、制限要因とはならないとみられている。
ドルはここ数カ月、米金利が今後数年は歴史的低水準にとどまるとの見方で売り圧力が強まっている。新型コロナウイルスワクチンに関する報道もリスク通貨志向を盛り上げている。
ドル指数は今年約4%下落しており、年間では17年以降で最悪のペースとなっている。市場はイエレン氏とパウエル氏というハト派コンビの政策が、ドルや短期の利回りの支援材料とはならないとみているようである。しかし、実際にそのようになるかはまだまだ不透明である。
このように、市場にはまだまだ不透明要素が多い状況である。固定観念を持たずに、市場の変動に柔軟に対処できるようにしておくことが肝要である。
ドル円についても、今年の高値である112.21円を超えるか、あるいは安値である101.17円を下回るかどうかは、米国サイドの政策内容にかかっていると考えておきたい。