まずは「今さら聞けない」基礎知識から
編集部:「聞くは一時の恥」ということわざもありますし、本日は「今さら聞けない経済やFXの基本」のようなところから教えていただきたいと思います。
まずは、私たちが一喜一憂している為替レートですが…。そもそも為替レートは、なぜ上下するのでしょう。このあたりから教えていただけますか?
吉見:為替レートは通貨同士の交換比率です。つまり通貨の「価格」ですので、「需要と供給」で決まる、というのがまず最初の理解かと思います。
では「需要と供給」とは何なのかというと、そもそも為替の取引は、いわゆる実需に基づく部分と、FXを含む投資・投機の取引がありますよね。FXが投資か投機かというのには色々考え方があるかとは思いますが、以下では実需との対比を分かりやすくするために、「投機的取引」という言葉を使います。
実需取引というのは、貿易取引や資本取引などの商取引に付随する為替取引です。分かりやすい例として、例えば日本の企業がアメリカから何か輸入するとして、ドルで支払いの契約をした場合はドルの通貨が必要になりますよね。そのため銀行などに行ってドルの通貨を調達して支払いをする、という取引になります。
そのときにまさに「ドル買い円売り」という外国為替取引を挟んでいるわけですよね。このようなドル買い円売りの取引は、ドル高円安になるような影響を及ぼします。
対して投機的取引というのは、短期的な為替変動から利鞘をとるなど、為替リスクをむしろ積極的に取り込んで、商取引の裏付けなく、為替の売買のみから儲けを得ようという取引になります。
現在は実需取引の割合が1割~2割程度、残りは投機的取引と言われています。この背景には外国為替取引の自由化の歴史があります。日本の法制度との関連で言えば、1980年に外為法が外国為替の対外取引原則禁止の体系から、原則自由とする体系に改訂されました。さらに、1998年には外為業務が完全自由化の流れとなり、個人向けのFX業者も登場、投機取引が拡大していくことになります。
したがって特に短期の動きについては、貿易などの実需に基づく需給よりは、投機的取引に基づく需給で決定されると考えるのが自然だと思います。
編集部:となると気になるのは「我々トレーダーの注文も相場を動かす要素になっているのか?」という部分です。私たちも日々売り買いの注文を出していますが、それによって相場は動いているのでしょうか?
吉見:それについてはまず、為替の市場規模について考えてみるのが良いのかなと思います。
日本の市場だけで見ても、1日あたりの為替の取引規模は40兆円ぐらいあるんですよね。そして日本の市場は、国際決済銀行の統計に基づけば、2019年時点で世界5位です。シンガポールや香港の方が日本よりも1.7倍くらい取引規模が大きくて、その上にアメリカがあって、さらにその上にイギリスがあるという形です。
最大のイギリス市場だと、日本の10倍ぐらいの規模があるんですよね。東証の株式の取引は1日で3兆円ぐらいなので、いかに外国為替市場の規模が大きいかが分かると思います。実は世界最大の金融市場というのは外国為替市場なのです。
これだけ大きい市場なので、個人トレーダーが市場の価格に影響を与えるというのはあまり考えにくいですよね。単独で個人が何かやったところで、規模が小さい限りにおいてはマーケットやFXの会社のレートにはほとんど影響を及ぼさないのが実情かと思います。
ただ、ヘッジファンドなどの大きな影響力のある投資家が一方向に動くと、それに乗っかってマーケットが動いていくことはありますよね。行動経済学では、他人の行動を真似て安心感を得ることを「ハーディング現象」と言いますが、そういった現象が外国為替市場でも起こることがあります。その結果として、特定のトレーダーの動きが市場に影響を及ぼすことはあり得ます。
全体として買いと売りがどの程度マーケットパワーを持っているか、つまり需給関係に影響を及ぼす規模かという点に尽きるんじゃないでしょうか。
編集部:個人トレーダーはFX会社に注文を出していますが、その注文がそのままインターバンクに行くわけではない、という話も聞いたことがあります。これはつまりどういうことでしょうか。
吉見:私が教えている学生たちも、やはりインターバンクというのは理解しにくいみたいですね。例え話をすると、インターバンク市場は「為替の卸売市場」で、銀行や大手証券会社しか参加できない市場。FX会社などが「対顧客市場」として、インターバンクと一般トレーダーをつなぐ「為替の小売り業務」を行っているというイメージです。
魚や肉と同じで、為替にもまず「卸売り価格」(インターバンクレート)があって、インターバンクで仕入れてくる為替の価格をもとに、手数料や金利で調整をした「小売り価格」で顧客とは取引をする。この意味で「卸しと小売」というイメージが理解しやすいと思います。
一般のトレーダーが参加できるのは、その対顧客市場のところ。FX会社などを含めた広い意味での金融機関であり、対顧客の市場ですよね。
授業等では少し大雑把に、顧客と為替の取引をするには商品である為替を仕入れないといけないので、例えばドルが足りない円が足りない、となったときにインターバンク市場というところで調達するんだよ、というような説明をしています。
野菜でも魚でも、一般の人はフラッと立ち寄って競りに参加することはできませんよね。それと同じように、銀行や大手証券会社などの金融機関でないと(参加資格がないと)卸売市場では取引ができない、といった関係性で捉えていただけると分かりやすいのではないでしょうか。こういう説明をすると学生たちにも「そういうことなんですね」と理解してもらえている気がします。
編集部:確かに、そうイメージするとわかりやすいですね。
はたして為替に「適正なレート」はある?
編集部:為替にまつわる基本的な疑問に「適正レートはどこなんだろう?」というものがあると思います。円安や円高を判断する基準のようなものはあるのでしょうか?
吉見:それについて考えるなら、やはり「均衡為替レート」というものに着目することになると思います。
経済学における「均衡」とは、「経済がその状態にあれば、市場参加者が行動を変えるインセンティブがない状態」を意味します。
つまり均衡為替レートというのは、(これも少し大雑把ですが)トレーダーも貿易をする人も商社も「それで一応満足をしてるような為替レート」と捉えることもできます。
「適正なレート」と言うと本当は「誰によって適正か」を考えないといけない訳ですが、概念的には「均衡為替レート」が「市場参加者が概ね満足しているレート」という意味で、適正な為替レートと解釈することはできるんだろうと思います。
編集部:なるほど。もう少し詳しく教えてください。
吉見:理論的には均衡為替レートにも複数の定義がありますが、今回は実需に基づいて捉える基本的な二つの見方をご紹介します。一つは長期の均衡為替レートで、もう一つはもう少し短期の為替レート。「実需に基づいて捉える」というのは、いわゆるファンダメンタルズに応じた、経済の基礎的な体力に応じた為替レートと考えて頂いても良いかと思います。
まず長期の方ですが、「購買力平価」という考え方があります。この購買力平価というのは何かというと、物の取引、まさに実需の代表的な貿易面です。
例えば日本とアメリカを比べたときに、アメリカではコーラが安いとします。これを買って日本に持ってくると高く売れるぞという話になると、商社がアメリカから山のようにコーラを買ってきて日本で売るわけですよね。つまり、ある商品に対して国際的な価格差があると、それを埋めるように裁定取引が行われます。このことを「一物一価の法則」と呼びます。
アメリカでコーラを買うにはドルが必要なので、「ドルを買って円を売る」という取引が介在する。そうするとドル高・円安の方向に影響を及ぼしますよね。ここでは例としてコーラという一つの商品を挙げましたが、こうした一物一価の法則がさまざまな財について働くと考えると、物価で見ても似たようなメカニズムが働くはずです。つまり、日本の物価とアメリカの物価を同じ通貨で比較をしたときに、アメリカの方が低い状態にあると、財の裁定取引が行われる結果として、今後もっとドル高円安に進むだろうという予想が立つわけです。これが購買力平価と呼ばれる考え方です。
つまり長期の均衡為替レートは、同じ通貨建てで見た各国の物価が平準化されるような為替レート、ということができます。
すごくざっくり言えば、日本の物価が1万円、アメリカの物価が100ドルのときに1ドル=100円であれば、円建てで見てもドル建てで見ても物価が同じになりますね。
こういう状態であれば、1ドル100円が長期の均衡為替レートになります。これが基本的な長期の考え方です。なぜ長期なのかというと、アメリカからコーラを買ってきて日本で売るのは時間がかかりますよね。財の裁定取引には時間がかかるから、購買力平価説は長期に当てはまる考え方、というわけです。
一方、短期の均衡為替レートというのはアセット・アプローチとも呼ばれる考え方で、「金利の裁定取引」が基本的なアイディアになります。FXでいうとスワップポイントを思い出して頂けると分かりやすいと思います。例えばアメリカの方が日本よりもずっと金利が高くて、「為替レートを考慮に入れても、アメリカの金融資産を買った方が、日本の金融資産を買うよりもずっと儲かるぞ」となると、2国間で金利裁定の余地がある(現在の行動を変えるインセンティブがある)ということで、そこはまだ均衡為替レートではないということが言えます。
こういった金融市場の動きは、「アメリカでコーラを買って日本に船で持って帰ってくる」みたいなことよりずっと時間は短い。そのため、金利の裁定取引は購買力平価に比べて短期の均衡為替レートを定義する考え方であると言えます。
編集部:均衡為替レートが視覚的にわかるようなものはないのでしょうか?
吉見:均衡為替レートを計算する研究はたくさんあるのですが、日本経済新聞と日本経済研究センターが「日経均衡為替レート」というのを計算していて、わかりやすいと思います。基本的には購買力平価と金利平価、プラスアルファの考え方を入れて計算した均衡レートが出されています。
編集部:ということは、均衡レートと実勢レートにズレがあれば、いずれ近づいていくだろうという予測ができますね。
吉見:ただ、為替は短期でも長期でも動くので「どのくらいのタイミングで戻るのか」が問題ですよね。FXでは含み損が拡大するとロスカットされてしまうので、すぐに戻るのか、あるいは1年ぐらいかけて戻るのか、というのはトレーダーにとって重要な問題です。
「均衡レートよりも実勢レートが円安の水準にあるから、明日から円高の方に戻って行くぞ」と簡単に予測が立つわけではありません。短期でトレードしてる人なのかスイングでトレードをしてる人なのか、そのあたりの時間の置き方によっても「どのくらい待てるのか」は違うでしょうし、必ずしも実勢レートが直線的に均衡レートに収束する訳でもありません。したがって、均衡レートと実勢レートの乖離が、すべてのトレーダーにとって有益な判断材料であるとは言えないと思います。
さらに言うと、均衡レートも動くわけです。均衡レートはあくまでも「今の経済環境を前提とした場合、このぐらいであれば市場は均衡するはずだ」というレートなので、経済環境が変われば均衡レートも変わります。そのため、いつか均衡レートに収束したとしても、保有したポジションが利益になっているとは限らないのです。
均衡レートは参考になりますが、トレードする上でのゴールデンルールになるかと言うと、それは期待が大きすぎるかなという気はします。
編集部:なるほど。やはりFXの取引にそういった必勝法のようなものはないのですね。確かに短期だと、大きなニュースで急激に変動したりもしますし。
吉見:市場参加者はニュースを見て「将来上がるなら今のうちに買っておこう」と思うのが自然な発想ですよね。先ほども言ったとおり外国為替市場の1割~2割ぐらいは実需取引なので、購買力平価・金利平価という考え方が重要になりますが、残りの8割~9割は必ずしもそうではなく、さまざまなニュースに敏感に反応します。
仮に「ファンダメンタルズで考えると1%ぐらいの円高になるだろう」というのが均衡為替レートの動きだったとしましょう。それに対して「今後は円高の方向に動くだろうから今のうちに円を買っておこう」という8割~9割の人がなだれ込むわけですよね。そのため、均衡の動き以上にガンと動く傾向が為替にはあるわけです。
このように、ファンダメンタルズで想定される水準を超えて、短期的に大きく反応することを「為替レートのオーバーシュート」といいます。経済のファンダメンタルズというのはそんなに急には動かないのですが、為替はそれ以上に動く。何も起こってなくてもニュースさえあれば動くというのは、やはり金融市場の特徴ですよね。
編集部:ううむ、こうして基礎的な部分から教わっていくと「為替の予測はなかなか難しい」という現実が見えてきますね…。でも、この現実を正しく知れば投資詐欺などに遭うこともなくなるでしょうし、やはり経済の基礎を勉強することは大切だなと思いました。
ちなみに、こういった為替の基礎知識は普段どのように教えているんですか?
吉見:国際金融ってやはり学生にはすごくイメージしにくいんですよね。貿易の話というのは学生も海外ブランドの服を着ていたり、海外旅行のときに日本で高いものが海外で安く売られているのを目の当たりにしたりと、比較的学生にもイメージしやすいようなのですが、為替や金融取引は学生が直接触れる機会が少ないので、実感を持って理解してもらうのには結構苦労します。
そこで、手っ取り早いのはやはり「為替に触れてみる」ことなんですよ。FXや株式投資に興味ある学生っていうのはものすごくたくさんいるので、ゼミの中では毎年FXデモトレードをゲームとしてやらせています。
例えば1位を取ったら僕がごはんを奢ろうとか、そういう形のちょっとしたリワードをつけてFXのデモトレードをやってますかね。学生もそれで結構燃えて「自分で実際に始めみました」っていう学生もいたり。
金融市場の動きは、触ってみないとわからないじゃないですか。ですから、一応そういうものを体験してもらうようにはしています。
編集部:それは楽しく学べそうですね!私も学生時代に吉見先生の授業を受けたかった…などと思ってしまいました。本日は「今さら聞けない」レベルからいろいろ教えていただき、ありがとうございました!
この記事の執筆者
エフプロ編集長
斎藤直人
SAITO NAOTO
略歴
編集者歴19年。主に紙媒体で編集経験を積み、趣味系雑誌4誌の編集長を歴任。雑誌の特集記事だけでなく、企業とのタイアップ企画、地域活性化事業への参画など、コンテンツ制作力を活かして幅広いフィールドで活躍。国会議員、企業の重役、スポーツ選手、芸能人などジャンルを問わず幅広いインタビュー経験を持つ。現在は株式会社キュービックのエディターとして、エフプロを中心に記事クオリティ向上に尽力中。