そもそも「経済指標」とは?
編集部:FXをやっていると経済指標の発表に翻弄されることも多いのですが、経済指標とひと口に言っても、さまざまな種類があります。為替相場を見るうえで、とくに重要なものは何でしょうか。
須齋:為替レートの需要と供給に直接影響を与えるものとして、非常に大きいのは貿易収支。そして、貿易収支に直接影響を与える物価水準と利子率の二つです。
ただ注意しなくてはいけないのは、貿易収支は1ヵ月間の統計だということ。一方、為替は刻一刻と変わっているものなので、今の為替レートに影響が出てるかはわからないんですね。
例えば、「自動車を輸出する契約をして実際に物が動くのはいつか」と考えていただくとわかると思います。自動車を港に持っていって船に積んで向こうに持ってって税関を通して、実際にディーラーに並んでとなると、何ヵ月もかかりますよね。
つまり貿易収支は非常に長い期間にわたっての経済活動の結果というものなので、今日明日にどうなるかはわからないわけです。
「将来的に円が安くなる方向になるのか高くなる方向にあるのか」を考えるときに重要なのは貿易収支である、というのは言えるんですけども、それが今日明日に反映されていくかというと、そうではありません。
編集部:物価水準や利子率というのはどういうものなのでしょうか。
須齋:物価水準は、我々が一般にマクロ経済と呼ぶ国全体の経済の中で非常に重要な経済指標といえます。簡単に言うと、物の値段は「誰かが買うと上がる」。これはリンゴやミカンなども同じですよね。
では国全体で物を買うっていうと何に当たるかというと、簡単なのは我々の「消費」です。あるいは企業が物を買うこと。これは消費ではなく「投資」になります。また政府も物を買いますから、これらそれぞれ3つが物価水準に影響を与えます。
そして、買う側とともに売る側の動きも影響します。売っている人たちが作るのをやめたら供給が減りますので、結果的には値段が上がる。
例えばOPECが石油の生産を減らしますというのは、石油の生産が増えすぎると値段が下がってしまうので、それじゃ困るから生産を減らしましょうという動きですね。
編集部:なるほど。ここまでの話は非常にわかりやすいですね。
須齋:また、物価水準は金融政策によってコントロールされることもあります。
例えば景気が良すぎる場合には物価水準が上がってインフレになるので、景気の上昇を抑える政策を取る可能性が出てくるんですね。しかし政府は、我々に向かって「物を買うな」と言えません。
そこでどうするかというと、いったん「企業の投資を抑える」という金融政策を取る可能性があるんですね。
お金を借りて企業が投資する場合には、利子率が上がったら借りたくなくなりますから、一般的には投資が減りますよね。つまり、金融政策的に利子率を上げる予想が生まれると、短期的な為替に影響を与えます。
例えば、失業率が下がってあまりにも景気が良すぎるとしたら金融政策的に利子率を上げるかもしれない。ポジションを持っている人は「為替が大きく動くのではないか」と予想するので、それに合わせてポジションを変える。そういう意味では失業率は短期的な為替に影響を与えやすいといえますね。
編集部:アメリカの雇用統計などの前後に相場が乱高下するのはそういう理由だったのですね。ちなみに、さまざまな経済指標は発表前に「予想値」が出ていたりします。この予想値はどのように考えればいいのでしょうか。
須齋:ヤフーやロイターのように、いくつもの会社が経済指標の予想値を発表していますが、例えば予想の失業率が5%だとすると、その予想値の元で銀行などのトレーダーは取引をするんですね。
トレーダーには2つのタイプがいて、リスクをとってでも稼いでやろうという人は、予想値とは別に自分の予想値を持っていたりします。「予想は5%だけど4.5%じゃないか」というような。それに合わせてポジションを作る人がいます。
またもう一方は、予想が発表される前に買ったり売ったりしてる人ですね。
予想値はいろいろありますが、要するに「マーケットがどう予想しているか」が大事です。「その予想が正しいか」の問題じゃないんですね。
編集部:詳しく教えてください。
須齋:僕らは「マーケットセンチメント」といった言葉を使うんですけど、指標が発表された時点の為替レートというのは、予想がすでに反映されてると考えるんですね。つまり、先ほどの例で言えば失業率5%をもとにしたレートが市場では成立している。
しかし実際に発表された数値が7%や4%とかだと、みんなびっくりするわけです。これを「サプライズ」というのですが、このサプライズがプラスとかマイナスであったとすれば、市場が予想してない値なので、このサプライズが為替レートに影響を与えるということなんですね。
編集部:発表された数値がいいか悪いかではなくて、「予想値と実際の数値に差があった場合」ということですね。
例えば、失業率が上がったらネガティブなイメージを受けますが、発表前からマーケットが予想していたのであれば、指標の発表時にはさほど為替に影響を与えない可能性があると。
須齋:そうですね。予想値を発表している会社は、事前に契約をしている市場参加者に予想を聞いて、それぞれの予想値の平均を発表する場合が多いと言えます。これら個別の予想値にはバラつきがあり、このバラつきが広ければ「マーケット参加者は同じような予想が構築されておらず、予想は困難である」ということ。逆にみんな同じような予想をしていれば、ばらつき、すなわち予想値の分散が狭いわけですね。
そういったバラつきがあるときは、投資家にとって投資判断の一つの材料にはなると思います。リスクを取りたい人は、分散が大きいときにどちらかに賭けるというやり方もあるでしょうし、リスクをとりたくない人は、参加しないというやり方もできるでしょう。
リスクを避ける方法
編集部:初心者はリスクを避けたい人が多いので、指標の発表前にはトレードを控えておいた方が良いかもしれませんね。
須齋:そうですね、やっぱりサプライズが起きるかどうかは分かりませんので。そのときの為替の変動を避けたいのであればトレードするのは避けて、ポジションを持っていたならクローズするという手法が有効かと思います。
編集部:経済指標の発表以外で、リスクが高まるタイミングはありますか。
須齋:日々の中でいくつかあると思います。例えば「ロンドンフィキシング」と呼ばれるもので、ロンドン時間の午後4時(日本時間の午前1時。サマータイム時は午前0時)。
東京だと対顧客相場の仲値が朝10時に発表されますが、それと同じように市場での基準レートが発表されるのがロンドンフィキシングの時間なんですね。
これがディーラーの予想と違っていたりすると、取引量が増えます。取引量が多いときは、ボラティリティが大きいんですね。ですので、リスクを避けたいというのであれば、こういった時間帯に取引するのは止めた方がいいかもしれません。
ロンドンフィキシング以外にも、マーケットの開始時間と終了時間がそうですね。外国為替市場は24時間いつでも取引できますから始めと終わりがないんですが、そうは言っても日本は朝9時前後、夕方の3時とか5時だとかは、取引量が多くなる。
日本の夕方4時はロンドンの朝9時ですから、ここはボラティリティが上がってきてもおかしくはない。ロンドンのお昼がニューヨークの朝9時だから、ここも取引量が増えるので、そういう時はボラティリティが大きくなるというのが為替市場の特徴だと思います。
編集部:ボラティリティが大きくなるのは、市場参加者が少ない場合だと思っていました。
須齋:そうですね。市場に誰もいない時に、誰かポンと買いを入れると、値段がボンと上がっちゃうわけですね。
例えばニューヨーク市場が終わったあと、東京が始まるまではオーストラリアの市場しかないですから、オーストラリア市場はその市場規模が大きくないこともあり、この間は多くの市場参加者が寝ているわけです。そういう時にものすごく大きな取引が起こると、大きく動くわけですね。
編集部:経済指標の発表後、相場が動き始めたのを見て慌てて飛び乗って失敗する、というのもよくある失敗です。
須齋:経済指標は発表された瞬間にみんな見ていますから、情報に正しいリアクションというのはほんの数秒です。その後の人は「上がったから上がるんじゃないかな」と思って買いに来る人ですよね。
この人たちは、あらかじめ買っていた人たちに儲けを供給するだけになることが多いと思います。人間の場合、画面を見て注文の操作をするのに早くても0.5秒くらいはかかると言われています。その間にコンピュータは膨大な注文を出すことができるので、人間が注文を出す以前に売買されてしまうんですね。
それでも買いたい人はサプライズを反映してレートが上がったあとじゃないと買えない。特に成り行き注文であれば、為替レートの上昇が終わったのちの価格で買うことになる可能性が高いと言えるでしょう。サプライズは一瞬で価格に反映されてしまうので、そのやり方で儲けることは、一般の投資家ではあまりないんじゃないかと思います。
編集部:リスクを避けたい人にとっては、やはり価格が大きく動きそうなタイミングは要注意ポイントということになりますね。
須齋:要するに「リスクをとりたいかどうか」ですね。リスクとりたい人は、そういうときに取引することも一つの戦略ではあると思います。
編集部:確かに、大きく相場が動く場面というのは大きな値幅を取れるチャンスでもあります。自分がFXをやるうえで何を重視するかによって違ってきますね。
須齋:以前、投資信託のファンドマネージャー400人くらいにアンケートを取ったことがあるんですよ。「あなたはリスク回避的ですか」とプロのファンドマネージャーに聞いたところ、大概の人はリスク回避的だと回答していました。
その上で、リスク回避度を図るための簡単な数学の問題をファンドマネージャーに答えてもらいました。そうしたところ、自分はリスク回避的であると答えたファンドマネージャーのうちの多くの人が、この問題ではリスク回避的であるという回答を選びませんでした。
要するに「リスク回避的」と言いながらリスク回避的な投資行動が理解できてない人がけっこう多いのではないかと思います。
編集部:それはショッキングな話ですね。プロでもそうなら、我々アマチュアは相当に勘違いしていそうです。
須齋:リスク回避的という投資行動は、どういう行動をしたら回避的かというのをよく理解しておかなければならないんですね。リスク回避するのに一番いい方法が、ポジションクローズです。本当にリスク回避をしたければポジションクローズを理解しておかなければだめだというのが一つありますね。
投資をする際には、リスクというものに対して自分がどういう立ち位置にいるのかよく考えることが必要だと思いますね。
編集部:そうですね、あらためて自分に問いかけてみようと思います。本日はどうもありがとうございました。
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