自己回帰モデルは終値の変化率だけで判断
-三井教授は「時系列分析」や、「自己回帰モデル」といった研究をしているそうですね。どちらも馴染みのない言葉なので、どんな分析なのかまったくイメージできません。まずは基礎知識を教えていただけますか。
三井:FXの値動きを分析する方法を大きく分けると、テクニカルとファンダメンタルズになりますよね。研究者の間でもこの分類は有効で、今回のテーマにつながってくる時系列分析は、テクニカル分析の1つの形態と考えてもらって問題ありません。そして、自己回帰モデルは、時系列分析に含まれる考え方なので、FXトレーダーの皆さんは、これまでに勉強されてきたテクニカル分析の話のつもりで聞いていただければと思います。
また、トレーダーの皆さんは、テクニカル分析とファンダメンタルズ分析を、それぞれのスタイルで併用している方も多いと思いますが、自己回帰モデルはテクニカル分析のみの考え方です。
たとえばドル円をトレードする際に、チャートや値動きの分析だけでなく、経済指標や要人の発言なども考慮する方は多いはずです。でも、ドル円の値動きだけを見て分析するのが、自己回帰モデルと思ってください。それも、チャート分析や移動平均線などのテクニカル分析よりも単純に、価格変動だけで分析します。日足の場合には、チャートでいうところの終値だけを参考にしているとイメージして下さい。
少し具体的にいうと、今日のドル円の相場は、昨日のドル円相場から影響を受けていると考えます。昨日のドル円が1ドル105円だとしたら、今日のドル円は104円90銭から105円10銭の間に収まるだろうというような考え方です。
また、昨日だけでなく、一昨日、3日前、4日前、・・・といくらでも過去にさかのぼっても構いません。
-実際にどれくらいの過去にさかのぼる必要があるのでしょうか。
三井:それについては「情報量規準」という概念があります。どれくらい過去までデータをさかのぼるのが最適なのか、統計的に分かります。
なお、自己回帰モデルの考え方では、為替水準のままでは用いません。普通、FXでトレードをする場合なら、「1ドルが105円」といった為替水準(価格)を基準にします。移動平均線やボリンジャーバンド、RSIなどのテクニカル指標も、この為替水準から計算されるものです。
それでは、自己回帰モデルでは何を用いるのかというと、変化率です。あるいは収益率ともいいます。変化率に一度変換してから、1日前の変化率、2日前の変化率と求めて分析します。
-変化率とは、どのような計算をして求めるのでしょうか。
三井:日足の場合には、今日のドル円の終値は、昨日のドル円の終値から見て、どれくらい変動したかを、比率(%)で見るものです。
変化率からも損切りの大切さが分かる
三井:変化率の計算方法には、いくつかのやり方があります。1つは、小中学校でおそらく習うもの。たとえば、今日のリンゴの価格が110円で昨日のリンゴの価格が100円なら、(110 ― 100)÷ 100=0.1となり、10%の価格上昇というものです。
為替相場の場合には、昨日のドル円の終値が100円、今日のドル円の終値が101円なら、先ほどと同じように計算すると、今日のドル円の変化率は1%ということになります。
変化率で考えると利点があります。FXで分かりやすく考えてみましょう。今日のドル円が100円だったとして、次の日に90円に下落したとすると、これは10%の下落ですよね。それで、ここから10%上昇したら、元の100円に戻るかというと、そうではないですよね。90円の10%は9円ですから、99円になり、もとの100円には戻りません。
このことから、一度資産が減ってしまったら、そこから元に戻すには減った以上のエネルギーが必要ということが分かります。極端な例として100万円分のポジションが50万円分になってしまったら、この変化率は―50%(半分)です。ここから元の100万円分に戻すためには、50万円の100%分(2倍)の変化率が必要です。つまり、傷口が浅いうちに損切りすることはとても大切であると、この変化率の考え方からも分かります。
なお、別の変化率の計算方法として、自然対数(ln)を用いて、変化率を求めることができます。
R(今日のドル円相場の変化率)= ln (今日のドル円終値) ― ln (昨日のドル円終値)
ドル円の変化率を求める計算式を、連続複利の考え方で書くとこうなります。こちらの方が、為替のような相場に関する変化率を考えるにおいては便利です。
ドル円自身の過去の情報を基にして、今日のドル円、未来のドル円がいくらになるのかを予想していきます。これが、自己回帰モデルのメインの考え方になります。
相場にはランダム性があるため徹底したトレーニングが必須
三井:自己回帰モデルで、どこまで為替相場を予測できるかという点が気になると思いますが、あまり高い精度では予測できません。
これまでの話では、日次データの観点から説明しましたが、時間・分・秒単位として期間を短くしても基本的な考え方は変わりません。そのため、予測精度を上げるには、何らかの形でモデルを拡張する必要があります。
-自己回帰モデルだけで、為替相場の値動きを読もうとするのは、なかなかに難しいということなんですね。
三井:為替など相場の世界にはランダムウォークという概念があります。これはその言葉通り、値動きはランダムに動いており、予測するのは困難であるという考え方です。自己回帰モデルのように過去の自分自身の情報だけで未来を予測するのは非常に難しいため、テクニカル分析もファンダメンタルズ分析も徹底的に研究することが大切です。
なお、自己回帰モデルはもっとも基本的な分析の方法で、これだけを単独で用いることは今はありません。実際には、より発展させたモデルを用いています。自己回帰モデルだけでなく、取引高や金利差といった、ドル円自身ではないそれ以外の要因を含めて予測をすることもあります。
しかしながら、今では様々な時系列モデルがありますが、為替相場でトレーダーの皆さんが利用して有効なものは、いまだ存在しないと思います。
トレンドが続きやすいことは説明ができる
-すでに相場にトレンドが出ている場合は、どのように分析をするんでしょうか。
三井:上昇トレンド、下降トレンドをそれぞれ分けて考えます。そうすると、自己回帰モデルとは違い、高い精度で、上昇する確率、下落する確率を求めることができます。このときに用いるのは、「マルコフスイッチングモデル」というもので、相場にトレンドがあることをきちんと説明できますし、今日上がった場合には、明日も上がる確率が高いことも確かめられます。
-FXの世界でよくいわれる、トレンドが発生したらしばらくは継続しやすいというセオリーは、この考え方においてもちゃんと説明できるということなのですね。
三井:トレンドに乗ろうとするのは正しいといえます。ただし、どこで乗って、どこで降りるかは難しいところではありますが。転換点を予測するのは、ホントに大変ですから。
-こういった学問は、大学の経済学部で学べますか?
三井:自己回帰モデルは大学生の領域ですけど、発展的なモデルは大学院生の領域です。
-この分野を学びたい人に、オススメの書籍などはありますでしょうか。
三井:時系列分析というジャンルを解説している本が良いでしょう。最初の方に自己回帰モデルが出てきます。『Excelで学ぶ時系列分析 理論と事例による予測』(オーム社)は定番です。ドル円のデータを持ってくれば、Excelを使って自分で価格予測ができます。
-自分の手でチャレンジできるのは良いですね。
三井:自分自身でデータを集め、簡単なモデルで良いので分析をしてみると、すごく世界が変わってみえて、とても勉強になると思います。最初から綺麗に描画されているチャートを見るのとは、違った発見があるはずです。
ボラティリティを計算してみるのも面白いですよ。トレンドとボラティリティが関連していることが分かったりします。上昇相場ではじわじわ上がり、下降相場ではドスンと一発で落ちるなんてよく言われますけど、たしかにそうなっていることも理解できるはずです。
-本日は奥深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
まとめ
FXのセオリーとして広く知られている、
- 「損失を広げないためにしっかり損切りをする」
- 「トレンドが発生したらそれに乗る」
は、自己回帰モデルなど時系列分析の考え方においても、正しいものであることが分かりました。
この分野に興味がある方は、参考書籍を通じてぜひチャレンジしてみてください。
この記事の執筆者
FXライター
鹿内武蔵
SHIKAUCHI MUSASHI
略歴
国内唯一の月刊FX情報誌、FX攻略.comの元副編集長として、2008年の創刊時より取材・編集・執筆に携わる。多くの勝ち組トレーダーや証券会社を取材してきた経験を活かし、FXが国民的投資になることを目標に活動中。各種メディアでの執筆の他、トレーダーとしてFXの運用も行っている。